16年前の春、私が初めて訪れた“トロンコーニ”は、優しい老夫婦が迎えてくれました。バブルがはじけ、不景気の波と跡を継ぐお子様もいらっしゃらないということで、お店を売りに出されたようです。
当時、自分の店を持ちたいと店舗を探していたシェフは、藤沢にある30坪の新しい物件を決めかけていました。もうひとつの候補として、駒込にある9坪のトロンコーニに巡り合ったのです。
シェフは、機材もすべて新調して自分のイメージで作れる藤沢の物件に心ひかれたようでしたが、店のスタッフとして誘われた私は駒込のこじんまりとしたお店が気に入りました。いろいろと検討した結果、駒込で店を始めることになりました。
お店の名前はもちろん新しい名前でオープンする予定でしたが、老夫婦はトロンコーニの名前を残したいという想いがありました。何回か訪れてお二人の優しい人柄に接していたシェフは、周りの反対もありましたが、お二人の気持ちを受け継ぎ、「菓子工房トロンコーニ」としてオープンさせました。
私はお店の立ち上げから加わるのは初めてでしたので、プライスカード作り、ケーキの詰め方、お客様への対応、箱詰めの仕方、包装の仕方、店のディスプレイなど、初めてのことが目白押しでした。でも周りのみなさんの協力もあり、あれよあれよという間のオープンとなりました。
しかし、今までにいろいろなお店のオープンに関わってきたシェフにとっては、オープンの結果はとてもショックだったようです。
老夫婦がお二人でなさっていたお店。しかも名前が同じなので、新しいお店とは認識してもらえず、ただのリニューアルオープンと思った方が多く、新しいお客様は本当に少なかったのです。
けれども、老夫婦のトロンコーニ時代から現在に至るまでのお客様もたくさんいらっしゃいますし、この16年の間に少しずつ増えた新しいお客様もたくさんいらっしゃいます。本当にうれしいことだと思っております。
オープンしてまもなくの梅雨、そして夏の暑さが続きました。毎日、売れ残ったケーキを捨てるのは本当に哀しいことでしたが、私は日々の支払いができて、ご飯を食べていければいいと、お菓子を作り続けました。
そして9月の「敬老の日」。この日、初めてケーキが完売したのです。追加、追加で冷蔵庫の材料もなくなりました。シェフはこの日初めて「やっていけるかもしれない!」と思ったそうです。本当にうれしくて、忘れられない日となりました。それからだんだんと口コミで広まっていきました。
そして『Hanako』で初めてマスコミに紹介されました。本当にアリの歩みのように少しずつお客様が増えて、お客様に支えられて16年が経ちました。
少し余裕ができると、お店を直したり、ショーケースを替えたり、材料をいいものに変更したりと、シェフのこだわりの反面で、経理担当の私は月末になると頭が痛くなります。
2003年11月にはお店を大改装、広くなってリニューアルオープンしました。16年前の開店時にできなかった理想の店舗を、ようやくシェフは形にできたようです。
開店から変わっていないのは、毎月の支払いができて、スタッフのお給料が払えて、ご飯を食べていけたら、あとはお菓子とお店に投資するというシェフの“お菓子バカ”なところです。
そんなシェフの目標は「自給自足のお菓子屋」になることです。果物の自家菜園を持って、牛を2頭くらい飼ってミルクやクリームを自給できるようにしたいのです。そのころには、今の若いスタッフに任せられるように、パティシェをはじめとしたスタッフ全員で、心のこもった夢のある菓子を作っていきたいと思います。
私は人の喜ぶ顔が大好きです。シェフが好きなお菓子を創っている姿、そのお菓子を楽しげに選んでくださるお客様、おいしかったよと笑顔をくださるお客様……。トロンコーニという名前は、イタリア語で「年輪」を意味します。まさに、ゆっくりと年輪を重ねていくように、トロンコーニは多くのお客様に育てられてきました。これからも、お店の中にたくさんの笑顔が集まってくださるように、私もがんばります。